◇6. 虚実篇
一つ前の「兵勢篇」の、集団で力を発揮するための4つ目の条件「虚実」について。
実で虚を攻め、力ずくでなく優位に立つ。相手の油断、欲望、弱点を利用する。
「孫子曰く、およそ先に戦地に処(お)りて敵を待つ者は佚(いつ)し、後れて戦地の処りて戦いに趨(おもむ)く者は、労す。故に善く戦う者は、人を致して人に致されず」(敵より先に戦場に行き、敵を迎え撃てば余裕を持って戦える。逆に遅れて行けば、戦いは苦しくなる。だから、名将は人を致して人に致されず)
「人を致して人に致されず」とは、「相手に左右されず自分が相手を左右する立場に立つ」、つまり主導権を握る。
どうやって主導権を握るのか?
敵にある行動を起こさせるためには「そうすれば有利だ」と思わせる。逆に、行動を起こさせたくなければ「そうすれば不利になる」と思わせる。
敵の準備が万全で余裕がありそうなら策略を張りめぐらせてかき乱し、食糧が充分なら道を断って飢えさせる。
そして、自分たちは「その趨(おもむ)かざる所に出(い)で、その意(おも)わざるところに趨く」(敵がすぐに行けないような場所に進撃し、敵が思いつかない方向へ攻撃する)ことで主導権を握る。
敵のいない場所であるなら、長い距離を行軍しても疲れないし、敵の守っていない場所なら攻撃して落とせる。逆に、相手が攻撃しない場所なら守備についた時、必ず守れる。
この戦法を巧みに操れば、相手はどこを守ってよいかわからなくなり、どこを攻撃してよいか混乱する。
そうなると、自軍は、「微なるかな微なるかな、無形に至る。神なるかな神なるかな、無声に至る」(姿は見えず、音は聞こえない)と主導権を握れる。
受動的な立場に追い込まれると、行動の自由を失う。
実情に合わない悲観的評価や楽観的評価、そこから生じる消極的処置や冒険的処置は、主導権を失わせ、悲観論者と同じ道に陥る。
受動的立場を脱して主導権を回復するには、「逃げること」が必要。また、敵の力が最高潮に高まり、自軍の困難が極度に達したときこそ、敵に不利、我に有利な情勢が始まるとき。
「より一層頑張る」ことで、有利な情勢と主導権を回復することはよくある。
相手から見れば自軍がどう動くかわからないように仕向けておけば、相手の戦力を分散させることができる。
守らなければならない場所が10ヶ所あったとしたら、兵を10に分けて守る事になる。その相手の1ヶ所に、こちらの戦力を10使える。「これを十を以ってその一を攻むるなり」(10の戦力で1を攻撃するという事になる)その場所に関しては相手の10倍の戦力で攻撃できる事になる。
兵力の多少は絶対的なものではなく、敵味方の態勢いかんにかかっている。
何か一つ相手に勝る物に戦力のすべてを賭けて勝負する事で、勝機を見出す。
どんなに強大な相手でも必ず守りが薄い場所があり、つけ込む隙はある。
「ここが狙い目」という「時と場所」を定める事ができたなら、たとえどんなに遠くまで遠征しても勝てるし、それを見抜けなかったら戦力が分散され、お互いに協力し合う事もできないようになる。
「兵多しといえども、また奚(なん)ぞ勝敗に益せんや…勝は為すべきものなり。敵衆(おおし)といえども、闘うことなからむべし」(兵の数がいかに多かろうと、勝敗を決定する要因にはならない。勝利は人が造る物である。(なぜなら)敵の数がいかに多くても、(こちらの作戦によって)それを戦えないようにする事ができるからである)
「人を形せしむ」。相手を固定させること。固定は死滅を意味する。相手を固定させることにより、その発展を止める。
主導権を握ったら、今度はコチラの態勢。
「兵を形するの極は、無形に至る…その戦い勝つや複(ふたた)びせずして、形に無窮に応ず」(究極の戦の形は無形である…コチラの戦闘態勢は相手の態勢によって無限に変化する)
人は、勝利を収めた時のやり方がベストだと思いがちだが、次に戦う時もベストかどうかは分からない。
勝利に至る態勢を見つけ出すには、1.戦況を分析し、彼我どちらが有利かを見極める。2.敵に誘いをかけて直ちに行動に出るか、相手の出方を観察する。3.敵の態勢を固定化させ、急所を見極める。4.小競り合いを試みて、敵陣の強味と弱味を探る。
この結果によって態勢を判断する。こちらの態勢は常に流動的で固定化しないこと。
相手の態勢に応じた自由自在の変化によって勝利を掴める、いつでも再構築できる柔軟な態勢こそが理想。
態勢は水が流れるように変化させなければならない…低い方へ低い方へ流れていくように。「実を避けて虚を撃つ…兵に常勢なく、水に常形なし」(充実した部分を避けて守りの薄い所を攻撃する。水に一定の形がないように、戦い方にも決まった形はない)
老子も「上善水のごとし」と説く。何事にも臨機応変にその時々で形を変えるのが得策。
組織は一度形成されると、その目的を離れ、組織自身を維持するための動きをはじめる。組織を形骸化させないためには、無組織の組織こそ理想的。 |